体験会は楽しかった。先生は丁寧だった。そして私は、帰り道で気づいた。家の生地を減らしたかったのに、新しい生地を買っていた、ということに。
引き出しの奥に眠っている生地
家に眠っている生地がある。
買ったままのものや、使いかけで余ったもの。「いつか何かを作ろう」と思いながら、ずっと引き出しの奥にしまってきた。
独学で形にする自信はないけれど、誰かに教えてもらえれば一歩踏み出せるかもしれない。そう思って、近くの手芸店が開いていた洋裁教室の体験会に参加した。体験料は1,100円。
体験会に行ってみた
体験会は、想像以上に楽しかった。
広いスペースに、ミシンと糸が並んでいる。型紙に沿ってあらかじめ裁断された生地を、先生に教わりながら順番に縫っていく。初心者の私でも、ちゃんと形になっていった。
隣には、5年続けているという方がいた。「自分で作ったものを着ていると、まわりにも喜ばれるのよ」と話しながら、すてきなワンピースを仕上げていた。
その場にいるだけで、気持ちが明るくなるような空間だった。
私が小さい頃、祖母の家に足踏みミシンがあった。祖母が踏んで、何かを作っている時の音が好きだった。叔母も洋裁をしていて、私や母の服を縫ってくれていた。なので、私の幼少期の思い出は、どこかでミシンの音があった。今回はロックミシンしか使っていないが、ミシンの音の心地よさを思い出させてくれた。
気づいたら、その日のうちに入会を決めていた。月2回で3,300円のスクール。体験料と次回の生地代を合わせると、その日の出費は約6,000円。今後は材料費も含めて、月に1万円ほどかかる見込みだ。
完成したベストは、なかなかのものだった。ベージュの無地、何にでも合いそう。シンプルなもの、そしてコットン素材はいいな〜と再確認できた。
帰り道に気づいたこと
帰り道に、ふと立ち止まった。
家の生地を減らしたかったのに、新しい生地を買っていた。
この教室では、基本的にお店で購入した生地を使う。それ自体はおかしくない。でも私が来た理由は、家に眠っている生地を作品にすることだった。
教室が悪いのではない。むしろ、洋裁を楽しみたい人にとっては、とても良い場所だと思う。
ただ、良いサービスであることと、自分の目的に合っていることは、別の話なのだと気づいた。
返報性というもの
最近読んだ本で、ロバート・チャルディーニの『影響力の武器』に、「返報性(へんぽうせい)」という概念がある。人は何かをしてもらうと、何かを返したくなる、という心理だ。
体験会では、先生に丁寧に教えてもらった。楽しい時間を過ごした。その流れのまま、自然と「入会する」という方向に気持ちが動いていた。
「断ったら悪いかな」という気持ちがどこかにあったかどうか、正直わからない。でも少なくとも、あの楽しい空間のなかで、「この教室は本当に、私の目的に合っているだろうか?」と一度立ち止まることは、できなかった。
まずは2〜3か月、やってみる
入会したことを、後悔しているわけではない。
ミシンに慣れれば、いずれ家にある生地にも自分で手をつけられるかもしれない。遠回りかもしれないけれど、本来の目的につながる道かもしれない。
だから、まずは2〜3か月、やってみる。
その間に家の生地に触れられるようになれたなら、今回の体験は意味があった。反対に、お店の生地だけが増え、引き出しの奥の生地はそのままだったなら、そこで一度立ち止まる。「入会したから続けなければ」とは、思わないようにしたい。
お互いのdignityを守るために
本を読んで、深めた想いがある。
お互いの、dignity。
教室は良いサービスを提供してくれた。先生は丁寧に教えてくれた。そのことへの敬意は、ちゃんとある。
だからこそ、自分の目的を見失ったまま通い続けることは、お互いのためにならないと思う。「楽しいけれど目的とはズレている」と気づいたなら、それを正直に認めること。そして、目的に近づいているかどうかを、自分で確かめ続けること。
自分の選択を責めるより、自分が何のために来たのかを忘れないでいたい。
それが今の私にとっての、とりあえずの境界線。
Keep your dignity. Keep your boundaries.